ちょこっと感動日記

毎日のちょっとした熱~い感動を綴るマイブーム日記。音楽、本、マラソン、映画、サッカーのこと あれこれ!

想い出のユーミン


 11月3日は 地元大阪のラジオ FM-COCOLOが 丸一日 ユーミン・スペシャルとして 朝6時から 夜8時まで ずっと ユーミンの曲を 流していたようです。私は 仕事で ほとんど聴くことが 出来なかったのですが 最後の方で 少しだけ 聴けました。
ちょうど その時かかっていた曲は <ひこうき雲>

♪ 白い坂道が 空まで 続いている~。♪

決して晴れやかな明るい曲ではないのに まるで雲の中にいるような透明感を感じさせ 透き通った空気を 運んできてくれるようです。やっぱり 何度 聴いても いい曲だなあ!と。


 もうすぐ 『宇宙図書館』というニューアルバムが 発売されるということで プロモーションと掛けていて 曲紹介で 普通に話す時の ユーミンの声は 凄く枯れてしまっていて それもまたいい声だなあと ほれぼれしました。




その日一日の 曲リストを見ていました。ユーミンが 作詞もしくは 作詞作曲した 三木聖子<まちぶせ>やバンバン<いちご白書をもう一度>、松田聖子<赤いスイートピー>も ありました。やっぱり 才能ですね!ユーミン節みたいなものが あると思います。


 1985年に 発売になった<DaDi Da>の時の コンサートに 行きました。たまたま 同じように ユーミンが好きだった男の友達と行ったのですが 会場は 90%以上は女性で 恥ずかしかったことを 思い出します。やっぱり 女ごころを 敏感に歌にするユーミンは さすがやなあ!と 思いました。


 そんなユーミンの数多い作品で やっぱり好きなのは 荒井由美時代のアルバムで 車の中で よく聴いた記憶があります。一枚目の<ひこうき雲>や <ユーミン・ブランド1~3>は よく聴きましたが 一番良く 聴いたのは 1974年発売の 2枚目のアルバム<ミスリム>でした。



1. 生まれた街で
2. 瞳を閉じて
3. やさしさに包まれたなら
4. 海を見ていた午後
5. 12月の雨
6. あなただけのもの
7. 魔法の鏡
8. たぶんあなたはむかえに来ない
9. 私のフランソワーズ
10. 旅立つ秋



 文句なしの名曲が 並んでいますよね!恐れ入ります(笑)
バックのメンバーは ベースに 細野晴臣、ギターに 鈴木茂、ドラムスに 林立夫、キーボードとアレンジに 松任谷正隆。そして コーラス・アレンジが 山下達郎吉田美奈子矢野顕子大貫妙子も コーラスで参加しているという 超豪華メンバーが 才能あるユーミンを 盛り上げています。


 そんなユーミンの曲を 聴いていると 昔々の 楽しかったことや うれしかったこと、悔しかったことや 後悔、思い出したくないことまで 頭に 浮かんできて 全部ひっくるめて 懐かしいなあ!と 思ってしまいます。




♪ 時はいつの日にも 親切な友達


  過ぎていく昨日を 物語にかえる ♪



ユーミンの歌は たくさんの人の 心の中で 生きているんだろうなあ!と 思った一日でした!





  



北野天満宮に願掛け!

 



 学問の神様、菅原道真が祀られている京都の北野天満宮に 参ってきました。浪人中の娘が 志望校に 合格するよう祈願するためです。親からすると ここまでくれば もうただ 祈るのみ!という心情です!!







 道真公は早くも5歳で和歌を詠み、11歳で漢詩を作り、14・5歳で天才と賞賛され、後には「文道の大祖・風月の本主」と仰がれました。江戸時代に寺子屋が庶民の教育機関として普及し、道真公に書道の上達と学業成就を祈ったことから、学問の神さまとして広く篤く信仰されるようになったということです。






 色々な守りが 売っています。その中で 2つ買いました。
右が 受験生の長女用で 左のが 中1の次女用の学問が達者になるというお守りです。




 絵馬にも 願いを書いて 掛けてきました。あまりの数の多さに びっくりです。絵馬を 祀るところです。





 なで牛と呼ばれる牛の頭をなでる事で、頭をよくしてくれる牛だそうです。もちろん なでてきました。なで牛を行う事で、より一層合格祈願に近づく事ができるそうです!


 

 親ばかと言われようが 何と言われようが 絶対 成就して ほしいです。


今はただ祈るのみ!

遠藤保仁『白紙からの選択』を 読んで!



 久しぶりに サッカー選手が書いた本を 読んでみました。日本代表でも おなじみだった ガンバ大阪の要 遠藤保仁、ヤットさんが サッカーに対する考え方 自分自身の生き方や考え方 未来ついて わかりやすい言葉で 語っています。


 今でも呼ばれている日本代表のキャプテン、長谷部誠選手の『心を整える』も 以前読んだことがあるのですが ヤットさんにとっては 全く意味がないことだと 言いきっているのが面白いです。例えば ジンクスは 必要ないし 順序立てて考えていても サッカーには アクシデントがつきものだし そのために 出来なかったは 通用しないことだ。なので 常に 頭の中を 白紙にしているのが ベストと 言っています。う~む なるほどなあ!
考えるのが めんどくさい私の性格にとって 妙に 納得してしまいます。


 サッカーのみならず ストレスのない人なんか この世に居ないと思っていたのですが ここに いました。というか ストレスをストレスと 考えない!発散するというか 全て流す!という考えです!考えてもムダと思ってしまうとのこと。つまり 白紙の状態で 何も考えない ということです。なかなか 単純過ぎて 難しいことかもしれませんが 見習いたいところです。


 10月29日に たまたま家にいて NHKで ガンバ大阪の試合があり 見ていました。相手は JI残留争いでも必死なアルビレックス新潟。ガンバ大阪は 昔から リスクを侵してでも 攻撃的なサッカーをするチームで その起点が 改めて ヤットさんやなあ!と 思わせました。パスをする動きを見せて スルーしたり、 相手の向こうに パスすると見せて 逆の味方に パスをする。相手選手が 動きに騙されているのが 良くわかります。PKも蹴り 見事に 決めました。なんと このゴールが 通算100ゴールでした。






 遠藤選手は 小5の時 最善の選択だと思って 利き足じゃない方のアウトサイドで シュートをしたそうです。本来なら 怒られるプレーなのに 監督は よくやったと 褒めてくれたそうです。いい監督だなあ!と思い 相手をだますプレーを しようと思ったきっかけになったと言っています。


 サッカーは だましあいのスポーツです! どれだけ敵を 欺けるかによって 決まるものと言うことを 肌で感じて 上達していって 今の 遠藤保仁が あるのだなあ!と 思いました。




 2002年のアルゼンチン戦が 代表デビュー以来 国際Aマッチ最多出場記録保持者で 現在は36歳。今の日本代表の状況を 考えて もう一度 代表に 呼んでほしいですが いかがでしょうか?浦和レッズの柏木と ダブルボランチというのは いかがでしょうかねえ!ハリルさん!(笑)

サマセット・モーム 『月と6ペンス』を 読んで!


 最近は 俗にいう古典的な名作と呼ばれているの作品を よく読んでいます。名作だけしか味わえない 奥深さと味わいは 現代の小説とは 又少し違い ストレートで 自分の中で いつまでも居続ける感じがしてきて 読んどかんと 損やあ!と 思うようになりました。(大阪人根性みたいなものです!笑)


 少し前に 20年ぶりに サマセット・モームの短編『雨』を 読み返しました。短編を 読むのも 結構好きで たまに 色々な短編集を 読みますが この『雨』ほど 強烈なインパクトを 持っている短編には 未だかつて 遭遇したことがありません。


 そのモームが 1919年 45歳の時に 書かれたのが この『月と6ペンス』で 画家ポール・ゴーギャンを モデルにしたと言われている物語です。



 新鋭作家の「僕」がパリで出会った画家チャールズ・ストリックランド(すなわちゴーギャンのこと)を 長い間 付かず離れずの状態を続けていく流れで 物語は進んでいきます。


 証券会社で働いていたストリックランドが 妻を捨て パリに出た。絵を描きたかったという理由で 生活を始めます。友達ストルーブに助けられながらも、その妻ブランチを自殺に追いやります。この辺の男女関係が なんとも恐ろしかったです。生活や病気、人間関係のことは 一切考えず 絵だけを描くストリックランドの様子が 語られています。


その後 まわりまわって 南国のタヒチに渡り 生活しているうちに 現地の妻アタをもらい 人里離れた山奥で 生活し始めます。そこで 充実した生涯を送り 何枚もの絵を残しますが 病気で 亡くなってしまいます。 


 その後 新鋭作家の「僕」が 別の用事で タヒチを訪れた時に いっしょに仕事をしていたニコル船長やクートラ医師の証言を交え 世界でも屈指の画家ゴーギャンの生き方を 検証していったという壮大な物語でした。











 画家ゴッホの伝記を 読んでいると ゴッホとゴーギャンは 6か月ほどの共同生活をして お互いのことを話し 交流していったことが 書かれていて ゴッホのあの有名な『ひまわり』は ゴーギャンを 喜ばせようと 描いたものとされています。でも ゴッホの精神的不安定で ゴーギャンは 去っていきます。


 ゴーギャンのことは ほとんど知りませんでしたので この本の存在を知って 読もうと思いました。タイトルの<月と6ペンス>も 意味ありげであって いろいろな意見があるようですが 私は 夢と現実 と 取ればいいのだと思いました。




 夢と現実のバランスについて 考えることは 誰しも 大切なことであるのですが 後悔しないためには 何が 必要なのか?一体 人としての成功や評価って なんやろなあ?それを いつ感じるのがいいのか?生ききったと思える人生とはどのような人生なのか?
を この小説に 出てくる人物ひとりひとりに 当てはめて考えてしまいました。


そんな奥深いことを 教えてくれた小説でした。やっぱり 名作ですね!



今 東京都美術館で ゴッホとゴーギャン展をやっているそうです!黄色が キイワード(ダジャレじゃありません!笑)だそうです。大阪にも 来ないかなあ!と。



大阪マラソン2016 完走!が しかし.....

 


  2016年10月30日  AM9:00 大阪城前より 号砲が鳴らされ スタートを切りました。気温は15.5度で 少し寒いくらいで 秋らしい爽やかな空気の中 快調に走り始めました。




 ちょうど 列がバラけかけた 2Km過ぎに 間寛平ちゃんを 抜かし、 どこを 走っていても 応援団がいっぱいいた コブクロの小渕健太郎さんと すれ違い、いい感じで 御堂筋に入りました。大阪人にとって 御堂筋を 逆行して 北上するのは 普段あり得ないことなので やはり 快感です!その分 ペースが あがってしまい せっかく 応援に来てくれていた両親とは 結局 会うことができませんでしたが。


 今回は抽選に当たらなかった ランニングクラブのメンバーや監督にも エールをもらい 鬼門の34キロ地点までは いいペースでした。


 自己新記録を 狙おうと 今回のレースは 1㌔4分30秒で 走るよう心がけるよう徹していましたが 徐々に 崩れ始めます!住之江の競艇場を 少し過ぎたところの、その34Km過ぎに いつもの左とは違い 右足が 攣りかけ 立ち止まらなかったですが スピードダウンを 余儀なくされました。ちょうど 住之江の競艇場を 少し過ぎたところです。その後 約2キロほどで回復し コブクロの歌う<42.195>が 流れているコース最大の難関と 言われている南港大橋では 他のランナーを 抜けるほど調子が 戻りつつありました。そのあと 1㌔5分で 走り ゴールイン!




記録は 3時間21分ジャスト?


 応援してくれた色々な人からのメールを見ていると選手の通過タイムや フィニッシュタイムを 検索できるサイトで 私のタイムが 表示されていないとのことで 本当に走ったのか?とか 計測チップを 付けていたのか?とありました。 もちろん しっかりと 付けていて 通過もしっかりしてましたので 調べてもらおうと ごった返している中 やっと 本部にたどりつきました。


記録が やっぱりない!


 それでも わからなかったので コールセンターに 問い合わせると 地点ごとのカメラで 調べて アップするので 待ってくれ!と言われました。


 そんなこと言われても 5年目で初めて 当選して それはないやろう!公式記録なしは ひどすぎですと 体と脚が 疲れている中抗議するのに 神経を使いました。  使っていない手に ボールが当たって PKの判定を 取られたような感じです。


 どうしてくれるのかは 後日 連絡をくれるらしいのですが どうせなら もう一度 やり直しと言うことで 来年の出場権でも くれないものかと 期待していますが どうなることやら。



 なんやかんや言っても 手元の時計での記録も 自己新には 2分 届かなかったのですが、やっぱり 残念です。


 来年2月にある泉州マラソンが当選し そこで 自己新記録を 狙うことには 変わりありませんので 気を 持ち直して 頑張っていこうと思います。