ちょこっと感動日記

毎日のちょっとした熱~い感動を綴るマイブーム日記。音楽、本、マラソン、映画、サッカーのこと あれこれ!

柿谷曜一朗ロス

 


 2020年12月24日 セレッソ大阪の公式ツイッターより お知らせが入りました。
予てから 移籍のうわさが絶えなかった セレッソ大阪のアイコンで 桜のエースナンバー⑧を背負った柿谷曜一朗が 名古屋グランパスに 移籍が決まったということを 伝えていました。とんでもないクリスマスプレゼントです。悲しくて仕方がありません。


2年前のガンバ大阪よりオファーがあり 同じ大阪同志の ライバルチームへの禁断の移籍のうわさがありましたが 男・曜一朗は そんなことしない!売名行為するわけがない!と サポーターは 信じていました。そして 1年前の名古屋からのオファーがあった時も そうでした。いくら トヨタマネーを 積まれても 関係ない。と 考えていたのは 私だけでは なかったのでは ないでしょうか。でも 今回は 少し事情が 違っていたと 思います。 



■柿谷選手コメント
「この度名古屋グランパスに移籍することになりました。
約25年間、セレッソ大阪に携わりプロサッカー選手としてもいろいろな経験をさせて頂きました。
自分にとって家族のようなチームを離れるというのは寂しさもありますが長い間セレッソのためにとやってきたことに後悔も悔いもありません。
時にはサポーターのみなさんに不快な思いをさせたり、迷惑をかけたこともありました。本当にすみませんでした。それでも変わらず応援してくれた方々には本当に感謝しています。
この大変な年に様々な方向からサポートしてくれたスポンサーの方々。本当にありがとうございます。


2016年、昇格に向けた最後のプレーオフ。「絶対昇格するんだ」と選手、スタッフ、サポーターがあれほど1つになった試合は生涯忘れません。僕のセレッソ人生一番思い出に残っている試合です。
そこから尹さんと共にカップ戦を制し、ロティーナ監督と安定した戦いができるチームに成長していく仲間達と過ごした時間は素晴らしい財産になりました。そしてなにより背番号8をつけて戦う嬉しさ、楽しさ、辛さ。すべてがかけがえのないものになりました。チームを離れますが、サッカー選手 柿谷曜一朗を応援してもらえると嬉しいです。長い間、本当にお世話になりました」


 
 この記事を 突然読まされて 柿谷曜一朗を ずっと追い続けていた私も 悲しいですが なんかすっとした気分に なったことは 正直な気持ちです。一人のサッカー選手として セレッソ大阪に すべてを 捧げてきて 燃え尽きた!そんな印象です。2年前の山口蛍の時も そういう感じがして 1人のサッカー選手として 一人の人間として 旅立ちの時が来た。という感じがしました。曜一朗も 後悔もないし悔いもないというのは セレッソサポからすれば 残念としか言いようありませんが 本心だと信じております。すっとした気分になれたというのは そこの部分じゃないかと 考えました。セレッソのためにすべてを 出し切ってくれた。




 今シーズンの2月の開幕戦に 号外が配られ 一番の記事に 柿谷曜一朗のこの
”優勝のみ!!主役張る覚悟は できている。”という言葉に 正直 騙させてもいいから この意気込みを信じよう!と 思いました。スペイン出身のロティーナ監督の2年目のシーズンで 1年目は J1の中での最小失点のチームになり、チームは 成熟に 達しようとする瞬間でした。攻撃陣が 機能すれば 本当に優勝も夢ではないと 本気で思いました。


 シーズンが 始まると 2列目のシャドウの右には J2から移籍してきた⑰坂元達裕が ブレークし 左には キャプテンの⑩清武弘嗣が 通年のような怪我はせずに 素晴らしい活躍をします。4-4-2 のシステムのため FWには 2人 入りますが その中に 柿谷が 入ることは 稀で 後半 怪我しないように清武と交代で入るか FWに入るかの 途中出場ばかりで 先発は カップ戦とかに限られたりして 桜のエースとしては 決して恵まれませんでした。シーズン後半になってくると 怪我もないし 調子も悪くないのに ベンチすら 入れてもらえない状況が 続くこともあり 曜一朗ファンに とっては 面白くない采配が 続いたりしました。同様のことが 桐光学園から入り バルサからも誘いがあると言われている若き天才 ㊾西川潤にも言えました。


 シーズン後半、残り3ゲームを残して 2年間 セレッソ大阪で指揮を執り 結果4位まで押し上げ 鉄壁の守備を構築させた ロティーナ監督とは 来季は 契約しないことが 発表されました。チームとしては もう一年やってほしかったけれど 2人の天才を 使わない監督の戦術には 何か面白みが 欠けていると 思って 少々疑問を 持っていた私は これで 曜一朗も潤も 残ってくれると 期待していました。
そんな淡い期待が 見事に外れてしまった。そんな感じでした。


 プロのサッカーというのは 平たく言って 人身売買です。他のチームから 引き抜いたり 引き抜かれたり。安く仕入れて 高く売る。一から育てて 高く売る。そんな現実は 一般的で 私のように 1人の選手に入れ込んで いちいち感情移入している場合ではないかもしれません。でも それもサッカーの楽しさのほんのの一部かもしれません。今回の移籍によって 私自身 少しは勉強させられたかもしれません。曜一朗は 去りましたが もちろん これからも セレッソ大阪を 応援し続ける心づもりです。次のセレッソのエースナンバー⑧は 決定ではありませんが 15年ぶりに 帰ってくる大久保嘉人が 付けるんではと言われています。
もしそうなれば これからは 大久保嘉人を 一生懸命に 応援しようと思っています。
大阪北部に住んでいる私ですが 決して ブルーの血が流れているのではなく 桜色の血が流れていると 証明したいと思います。


久々のブログ投稿できて うれしい気分です。読んでくださった方 ありがとうございます。今年も 機会は 少ないかもしれませんが どうかよろしくお願いいたします。

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